テレンス・リー コラム〝非常〜に危険です!〟|住生活を支える新聞株式会社のWebマガジン
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2017.02.15

テレンス・リー コラム〝非常〜に危険です!〟

『クレーマーという妖怪』

 昨年は芸能人や著名人のスキャンダルラッシュであった。

 まず1月にベッキーと川谷絵音の不倫騒動で幕を開け、8月に大物女優の長男で俳優の高畑裕太が強姦致傷容疑で逮捕、11月には覚せい剤取締法違反でASKAが再逮捕され、12月になると写真週刊誌で違法薬物使用の疑いを報じられた成宮寛貴が突然の芸能界引退を発表した。
 斯く言う私も恥ずかしながら世間様を騒がせた一人であるが、こうしたスキャンダル報道の陰で必ず囁かれていたのが「スピン報道」というマスコミへの疑惑であった。
 スピン報道とは、政治的に不都合な何かを隠蔽するため、まったく無関係な醜聞を流布し大衆の耳目を逸らせることで、欧米では古くより使われてきた手法だ。大抵の場合、勧善懲悪のストーリー性と明確な悪玉のレッテルを貼れるキャラクターを用意して、世論が対象者に十字砲火を浴びせるよう仕向けていく。
 こうしたことはSNSが普及した現代のネット社会では、いよいよ容易となっている。ネット社会の善性と悪性の議論については場を改めるとして、ほとんどの人々が無条件に情報を受け入れ、無秩序に拡散していることは否めないだろう。
 東日本大震災でも熊本地震でも常識的に考えれば分別できるはずのデマが、まことしやかに拡散され、世上に混乱を招いたことは厳然たる事実である。前述したスキャンダル報道の裏側で重要な法案が衆参両院を通過したなど、時系列で分析すれば納得できることも多々あるが、事の真偽はともかくとして、大衆が魔女狩りに狂奔している点だけは、市民社会の深刻な病巣と捉える必要がある。
 すなわちスピン報道を容易にさせた最大の原因は、大衆の集団リンチ本能が過激さを増したことであり、その根本はクレームという武器を乱用する「恥知らずな自己中心主義者」の蔓延にある。そしてこのことは企業の思考能力をも停止させてしまった。
企業にとってクレームはある種の羅針盤になる。しかし、それは多種ある計器の一部であり、動力機関でもなければ生命維持装置でもない。ところがマスコミからサービス業、メーカーに至るまであらゆる業種業態が、消費者を名乗る「クレーマー」という化け物に振り回されているのだ。

 かつて「1枚のハガキ、1本の電話の背後に50人の同調者がある」と言われた。この数字は統計学的根拠に基づくそうであるが、昨今では「500件のクレームはたった1人が発信している」とさえ言われる。
 実際、ネットセキュリティー会社の調査によれば、1人のクレーマーが発信する苦情は年平均で100件を超えるという。さらに悪質なクレーマーになると数千件の苦情を発信しているというから驚きだ。
 本来、クレームとは消費者の意見を商品やサービスに反映させる手段であるが、あろうことか目的になってしまっているから始末に負えない。鬱憤の捌け口を演者やサービス提供者、生産者に求め、容赦なく叩くことが当たり前の世の中となれば、もはや自由な表現も商品開発も窒息させられることは目に見えている。
 裏返すとこうした風潮は大衆自身の穢れに起因するのではないか。病的な清廉潔白を要求するのは個々の内面にある醜さを隠蔽するためではないか。それには第三者を誹謗中傷することが実に短絡的で有効な手立てであろう。
 つまり、スピン報道に踊らされている大衆そのものが、スピン報道と同じやり方で自己正当化に躍起となっている。芸能人の不倫報道をことさら嫌悪し、テレビ局やスポンサーにまで「不愉快だ!」とクレームをつける人々の、果たしてどれだけが真実潔白な人間だというのか。私には甚だ疑問に思えてならない。

 さらに、悪辣なクレーマーに迎合するマスコミの報道姿勢は、ASKAの再逮捕時に行くところまで行った印象を私に与えた。タクシーのドライブレコーダーに記録された映像の公開や自宅前での取材陣の大混乱。挙句の果ては不起訴となったにもかかわらず、「それでもアイツは黒に違いない」という姿勢を崩さなかった。
 真っ当な法治国家であれば「推定無罪」の原理原則があり、証拠不十分で不起訴になれば確実に無罪である。にもかかわらず未だ有罪説が闊歩するのは異常事態といえよう。
 これまで私は大衆という表現を使ってきた。誤解を怖れずに言えば「衆愚」という表現もある。そこには「大衆=衆愚」との図式も成り立つわけで、いわんやその図式を成り立たせた張本人が大衆そのものなのだ。
テレンス・リー コラム〝非常〜に危険です!〟
今後、魔女狩りはますますエスカレートするだろう。1990年代半ばには加熱する報道合戦の反省からワイドショーが姿を消した時期があったが、それも今は昔となり「大衆=衆愚」は袋叩きにする対象者を虎視眈々と狙っている。

 だが、壁に投げつけたボールが跳ね返ってくるように、いつか必ず大衆が酷いしっぺ返しを喰らうと覚悟しておく必要があるだろう。

テレンス・リー
出身校/立教大学文学部史学科
コメンテーター、軍事評論家、危機管理評論家などとして活躍。他にも執筆活動として著書 「テレンス・リーの非常に危険です」(学研)、「誰が子どもを狙うのか」(東邦出版)、「戦争病」(実業之日本社)、「平成大震災サバイバルBOOK」(主婦の友社)他。