闘将野村「新経営論」第21回|対談|住生活を支える新聞株式会社のWebマガジン
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2019.01.28

闘将野村「新経営論」第21回

闘将野村「新経営論」第21回
仕事心と商売心【番外編③】

 以前いた社員に営業の基本を教えているときに、このようなことを言われた。

「私は駆け引きのようなことはしたくありません。良いことも悪いこともすべて理解してもらったうえで買ってもらいたいのです」
 
 それで売れれば良いですが・・・。もしかしたら今後、良いことと悪いことを比較ながら説明しなければならないことがあるかもしれないが、それは果たしていつまで続くのか。ITの進化に伴い、いずれそのポジションは取って代わられるに違いない。
 すべて自社の商品が優れているというわけではないし、安いわけでもない。だからといって「当社の商品は、他社と比べてすべての面で劣っております」と正直に話したら、果たして誰が買ってくれるというのか。
 もちろん、嘘をついて販売したりするのはルール違反だ。しかし、駆け引きはどうだろうか。決してルール違反ではないはずだ。
 現在のITには、まだできないことが一つある。それは商品に“感情”を注ぎ込むということだ。購買心理学の有名な言葉で『人は感情で買って理論で正当化する』という言葉がある。売るために必要なのは理論ではなく、“感情”だということだ。
 野村監督は、この“感情”の駆け引きを野球に持ち込んだ。野球(仕事)をする=商売をする(駆け引きをする)とは、どういうことか。

-野村監督のライバルは、長嶋さんよりも王さんなのですね。

野村 長嶋は別に記録的には何もライバルとは思わなかったけど、でも彼は間違いなく天才ですよ。一つの例がささやき戦術。バッティングは集中力だから、何パーセントかでも鈍らせようと思って、バッターボックス入ると話しかけるんだけど、通用しなかった。そんなことは気にもしないし、「最近、銀座行ってるの?」って声かけても、人の話しは一切聞いてないんだよ。返ってくる返事が「ノムさん、このピッチャーどう?」だから、何か言っているなという気はしているんだけど、「そんな事聞いてないよ!」ってなるのよ。

-それを上回る集中力があったということなのですね。

野村 見ているとね、バットをクルクル回して芯がどうのこうのって考えもしないしね。ピッチャーが振りかぶった時のあの集中力はさすがにすごいね。

-他の選手は、そのささやき戦術で気が散ることが結構あったのですか。

野村 集中力が鈍る。

-それはそうですよね。「次にどんな配球が来るのかな」というときに、余計なことを言われてしまうと。

野村 一番いいのは、なんとかバッターにインコースを意識させると効果はあるわね。結局は、要求は外角中心なんだけど、インコース来るんじゃないかと思わせると外角引いてくるよ。

-それはどうやって思わせるんですか。

野村 例えばランナー一塁でゲッツー欲しいとき、牽制の後にスライダー。それでピッチャーにも「牽制してファーストからボールをもらう時には一切俺を見るな」とちゃんと言ってあるの。牽制サイン出しといてバッターがインコース寄ってるわけで、それで下向くような顔してチラッと横目でキャッチャーの構えてるとこ見る奴がいるの。それで牽制させて、インコース寄ってチラッと見てるから、ヨシヨシと思ってファーストからピッチャーに返球。これはよく引っかかったね。インコースいくぞ!と思わせてけん制させると実はスライダー外角。

-今の時代にそういうことをやっている選手はいるのですか。

野村 いない、いない。

-そういうやり方は教えたりしなかったんですか。

野村 そういう話しはしょっちゅうしているけど、みんな全然興味ないの。でもやっぱり勝負事なんだから、騙し合いだから。

-駆け引きは大事ですよね。

野村 あいつらは野球しているんだよ。バッティングしているんだよ。勝負してないんだよ。だからそこには勝負心というのは一切ないね。そういうのはものすごくイライラするね。

 私たちの仕事に置き換えると、「みんなただ働いているんだよね。商売していないんだよ。商売心というのが一切ないんだよ」ということになるのではないか。社長業というのは、自分の物差しで社員を判断する。当然このような愚痴が出てくる。

「優秀な社員が集まらないんだよね」
「教えても理解してくれないんだよ」

 やっと優秀な社員が入社してきたとする。「今度の社員さん優秀ですね。良い方を採用されましたね」と言われて安心できるのも束の間。しばらくすると、「先日の社員さんどうされたのですか?」と尋ねられ、「辞めて独立したよ」と答える。優秀な社員は独立するものなのである。自分が育てずして優秀だったわけだ。