闘将野村 「新経営論」1章(第5回)|住生活を支える新聞株式会社のWebマガジン
人気

2017.04.01

闘将野村 「新経営論」1章(第5回)

闘将野村 「新経営論」1章(第5回)
『社員教育と後継者を育てる人心掌握術』

野村克也監督が鶴岡一人監督に認められて頻繁に試合で使われるようになるまでには、入団から3年かかっている。会社にとって一人前の戦力として役立つようになるのに3年かかったということだ。当時、鶴岡監督からかけられた言葉を、野村監督は今でもまだはっきりと覚えているのだという。
-2000年代初頭までは、企業にも働く側にも暗黙のルールで終身雇用という認識が当然のごとくあったため、例えば会社で多少の嫌なことがあったり、勉強・研修と言われても、社員は下積みだと考えて乗り越えようという意識があった。それは『会社のために』という愛社精神にもつながった。しかし、今は違う。『有給は何日ですか?』『給料はいくらですか?』『待遇は?』など、社員が気にするのは自分のことばかりで、会社のことではない。
 一方、インターネットが飛躍的な進歩を遂げた今日においては、上場企業さえも20年後にどうなっているのか分からない。仮に同じビジネスモデルを続けているとしたら、5年後には存在していないかもしれない。スピード情報社会の中では、どんなビジネスモデルもすぐに真似され、やがて価格競争に巻き込まれてしまうからだ。なおさら5年後この会社にいるか分からない人間に、愛社精神を求めるのは難しい話である。
 これは、「雇用」というものに対する企業の意識が、一昔前と比べて変化したことも影響しているかもしれない。例えば「リストラ」は以前であれば最終手段であり、恥とさえ言われていた。しかし、バブル崩壊やリーマンショックで多くの企業が倒産していく中で、いつの間にか「リストラ」による人員整理や部署の廃止は、費用対効果が合わないのであれば仕方がないというような風潮が広がってしまった。
 ただ一社員が損得勘定で動いてしまうのは、ある意味、仕方ないのかもしれない、しかしこれが、その会社の後継者や経営側の役員ということになれば違ってくる。
企業は、長く経営すればするほど色々な局面に遭遇し、時には倒産危機や資金繰りの悪化などを経験することもあるだろう。しかし経営者は、どんな状況に陥ろうとも沈みそうな船を漕ぎ続けなければならない。だが、愛社精神のない社員は、我先にと船を下りてしまうだろう。では今の後継者や役員はどうだろうか。危機的な状況の中でも共に会社を支えようという愛社精神はどうやって植え付ければよいのか。野村監督の場合は、褒める時も叱るときも、愛情をもって接することで、球団に対する愛情を植え付け、強いチームを作り上げてきた。

野村 褒めるとか叱るとかの根底にあるのは愛情なんだよ。感情だけで褒めたり叱ったりするのは同じ人間だから分かるし伝わるんだよ。憎たらしい奴だからって叱るでしょ?きっと相手もそのことが分かって凄い根に持つと思うよ。

 野村監督は簡単に答えたが、経営者にとっては簡単なことではない。読者の中には、「何回言っても分かってくれないのだよね」「どうやったら理解してくれるのだろう」、こう呟いたことのある経営者も多いのではないだろうか。愛情のため鞭が、社員には怒りの鞭として伝わってしまっていることも少なくない。しかし野村監督は「愛情をもって接している」と自信をもって言う。名将野村と言われる所以だろう。

野村 根底にあるのは叱るにしても、褒めるにしても愛情ですよ。この選手を何とかしてやりたい、上手くなって欲しいっていう思いがあった中で叱ったり褒めたりしていたからね。人間だから想いは通じるんだよ。不思議だけど。

 本来、社員の愛社精神は、雇用側の人間が愛情をもって接することで生まれる。しかし、今は居心地の良い環境であることや、好きな仕事ができるということが愛社精神に繋がっている。一方で役員や後継者の場合は違う。彼らは時には、自らの待遇よりも会社を優先して嫌な仕事もしなければならない。
 今までに沢山の選手がいたと思うのですが、そうした野村さんの想いが伝わらなかったことはあるのでしょうか。

野村 まずいないね。それは褒める、叱るタイミングというのをきちんと考えているからで、やたらと褒めたりしたらいかんのよ。

 正直、この発言は驚いた。筆者は、「そうなんだよね。何度言っても分からない選手もいるんだ」という言葉が来ることを期待していたからだ。果たして、どれほどの経営者が、「何度言っても理解してくれないのだよね」「本人のために言っているのにね」「最近の社員は、やる気がないんだよ・・・」などの愚痴をこぼしてきたことか。野村監督の言葉を借りるのであれば、それは愛情をもって社員と接してこなかった結果だ。タイミングを見計らないながら、きちんと愛情をもって接しさえすれば、現代で働く社員でも会社に対する愛社精神を抱くようになるはずであり、会社が危機に陥っても、決して逃げ出さずに、経営陣とともに生き残るための精一杯の努力をしてくれるはずだ。